こころのことば:東京・町田 水子供養と祈祷のお寺 鶴川地蔵尊 地蔵堂
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こころのことば【第二回】
「川を流れる小石のように」
川は何とも不思議なもので、まるで私たちの生活や人生を表しているかのようです。

流れが穏やかでゆっくりの時もあれば激しい濁流の時もあります。
それは母親のお腹から生まれ、人生を全う(まっとう)するまでを表しているかのようで、幾多(いくた)の困難と苦労を乗り越えて成長していく人間のようにも感じるのです。

幼い頃は時間の流れがゆったりとしていますが、歳を重ねれば重ねる程人生の速度は速くなってきます。
人生の速度も川の流れと同じように、穏やかでゆるやかな流れから激しい流れへ、そして静かな流れへと移っていく行程のようです。

時には季節や気象変化により大雨で増水し氾濫(はんらん)したり、日照りで枯れそうになったりというように、人生もハプニングやトラブルが突然やってきてなかなか思い通りにいかないものです。
川の流れは人生の壁や速度であり、川の中で流れに身を置く石こそ私たち人間の姿なのでしょう。上流にあるゴロゴロとした岩のような大きな石も、中流になると石同士の衝突や摩擦で角が取れて次第に丸みを帯びた形をしていき、最後に下流に着けば玉のような丸い小石となります。その石の変わっていく姿は、苦労と困難を乗り越えて成長していく人間のようです。

幼い頃は親の保護下で育てられますが、少年期になればイジメやケンカが絶えないといった肉体的自己主張や自我心が強い弱肉強食の世界で、友人関係や集団行動などの同じ年頃同士の付き合い方を身を持って学習します。青年になれば上下関係や社会のルールを勉強することとなり、責任と自覚・役割意識などを学んでいきます。

恋愛でいう本当に大切な人に巡りあいたいのであれば、自分自身の良くない部分を直す努力をすることです。苦労し、悩み、悲しむほどに自分の内面に磨きがかかり魅力という形であらわれてきます。
手の届かないような存在の人でも、内面の自己研鑽をすることでいつのまにか手が届いていたりするのです。常に自分に見合った異性が付いてくるのを忘れてはいけません。

生きるということは大変なことで、「出る杭(くい)は打たれる」や「角(かく)じゃ世間が渡られぬ」ということわざのように、出しゃばる人や角のある人は他人と衝突することが多いのです。
人間関係の付き合いの難しさを理解し、柔軟性・協調性・忍耐・精進(しょうじん)を身に付けることは人生を円滑にする大切なものと言えるのです。

角のある石もぶつかり合えば自ずと丸くなります。外見は小さくて存在感がなくても実は丈夫で芯のある固い石なのです。
人間でも言えることで、小石のように目立たない存在の人でもその人の内面をのぞいてみると経験豊富で芯が固く、とても人あたりの良い存在が見えてくるのです。

言い替えてみますと、人生を積んでいくにつれて自己主張や外見の主張や出しゃばるなどの角が無くなってくるということです。存在感が少なく見えるのは外見を重視する世界においてだけで、内面を重視する人間性においては必要のないことなのです。

人生を長く生きているお爺ちゃんお婆ちゃんは小石のような存在であり、穏やかで心が丸く、世の中を生きていく術をよく知っているスペシャリストといっても過言ではないのです。

人生において無駄だと思うことも無駄になっておらず、それは立派な経験です。
一度きりの自分を輝ける自分にするために、川の石のように地道にコツコツと。
悲しいことや辛いことの多い人ほど小石に近づいていく。
晴れて夜明けの大海原があなたを優しく包み込む....

鶴川地蔵尊 地蔵堂 堂主

合掌