こころのことば:東京・町田 水子供養と祈祷のお寺 鶴川地蔵尊 地蔵堂
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こころのことば【第七回】
施しのできる人になろう
布施という言葉をご存じですか。
施しとはどういうものだと思いますか。
普段の何気ない行動や会話の中で布施という施しが行なわれているということに気付いていましたか。

知人や見知らぬ人に手助けをしてあげたり、悩みを聞いてあげたり、物をプレゼントしてあげたり、食事をご馳走してあげたり、料理をおすそ分けしてあげたり、掃除を手伝ってあげたりと様々な行為をしたことがあると思います。

その中で純粋に下心なく助けや助言・手伝い・ご馳走などをしたことがありませんか。
実はそれを布施といい、利益をかえりみることのない施しのことをいいます。

布施は形の有るものと無いものがあり、衣食や銭金などの物質を与えるといった布施・心配事や悩み事を聞き助言したり、正しい行ないを教えてあげる布施・辛い気持ちを楽にしてあげたり不安な心を解きほぐして安心させてあげる布施などあります。

お寺や神社をお参りするときにお賽銭を入れたりお供物を奉納するのもお布施であり、信仰するお寺の繁栄と自分自身の功徳(くどく)の積み重ねや報恩のために私財を寄進するのも布施です。
また困っている人を助けてあげたり・道路掃除やゴミ拾い・ボランティア活動・地域や町のため福祉施設・病院などに金銭的な寄付、あるいはその施設自体を寄付するのも布施の精神からくるものです。

布施は利益をかえりみない施しなだけに高度な修行の一つとされ菩薩の修行といわれており、慈しみの心を一回りも二回りも豊かにする大切な修行といえるのです。

自らが施しの行為を後悔したり、見返りを求めたり、損を感じたり、施しをしてあげたなどと思うのであればそれは布施にはなりません。

人に強いられてするものでもなく自発的にしてこそ心のこもった暖かなものになるのです。
自分自身のできる範囲の中で「ご奉仕させていただく」「やらせていただく」という心持ちが大切といえるのではないでしょうか。

人の為に善いことをすることは不思議と気持ち良く感じるもので、見返りを考えなければ純粋で素直な気持ちになれるということです。
施しをされる側は当然心から感謝します。
感謝されるということはなかなかできない善い行ないをしたからなのです。
その感謝を素直に喜んで受け、嬉しさを噛み締め、自身の栄養にすれば良いのです。
ただし、人の為にと思ってしていた気遣いや手助け・施しも相手からみればお節介に感じられる場合もありますので人に合わせた施し・適度な気遣いが大切かもしれません。

布施行の研鑽は自身の為ですが、結果的に他の人々の為にもなっていることを忘れてはいけません。
利益をかえりみない施しというものが「心の中に何が残るか」を考えてみるのも良いかもしれません。
他人に同情してあげられ利益なく手助けをしてあげられる人は、必ずどこの場所でも救いの手が差し伸べられることでしょう。
しかし世の中はきれいな世界だけではありません。騙されたり後で後悔することのないよう自分自身が納得のいくうえでの布施であっていただきたいと思います。

一度きりの自分という人間が、自分にできる範囲の中で世の為人の為に貢献し、神仏に手を合わせ、素直な気持ちで信仰することは素晴らしいことです。
布施行を通して改めて自分を再確認し、常に仏さまの御加護をいただきながら功徳を積み重ね、心豊かで明るい毎日を築いていただきたいと願っております。

鶴川地蔵尊 地蔵堂 堂主

合掌